愛和産業は天井クレーンのメーカーです。でもどうやら「天井クレーン」と言ってもいろいろあるらしい。お客様の要望次第で形状、構造、大きさが千変万化するらしい。当然、設計・製造をするにもケースごとに違う苦労があるらしい。「らしい」ばっかり続けていても仕方がないので、設計を手がけてウン十年の技術部取締役、今井さんに製作プロジェクトの舞台裏を詳しく聞いてみました。
今井信昭|技術部 取締役
入社40年以上の大ベテラン。設計担当として今までに手がけてきた天井クレーンは数知れず。現在は技術部の取締役として設計から製造まで「クレーンをつくる」ことに関する全工程を管理する傍ら、現役の設計者として製品を手がけることもあるとか。
【製作事例いろいろ】お客様ごとに要望が違うので、同じものは一つもない。
――「天井クレーンは同じものが一つも無い」と皆さんからよく聞くのですが、一つひとつオリジナルで製作しなければいけないのは、何故ですか。
今井 お客様によって要望が違うためです。要望というのは、設置場所の条件、お客様がどんなものを運びたいのか、といった事柄です。それらを叶えるためには、一つひとつの天井クレーンの仕様をお客様の要望に合うようにカスタマイズする必要があります。
――パッと見では同じように見えても、違うんですね。
今井 おっしゃる通り、当社で標準仕様としているものに関しては、外観はほとんど同じですね。ああ見えて細部の違いは結構あるんですけど(笑)。
――中には、構造がまったく違うものもあるんですか?「天井クレーン」の範疇に収まらないような製品をつくったケースがあれば、お話を聞きたいです。
今井 もちろん、あります。最近だと「吊り下げ式ジブクレーン」という製品をつくって納品をしました。これは少し面白いケースかもしれない。
――どういったものなのでしょう。
今井 まず、ジブクレーンって構造が天井クレーンとは基本的に違います。一般的には、床面にポストを立て、上部にアームを設置するタイプのクレーンです。ところが今回、お客様の設置条件でどうしても、床面にポストを立てられるスペースがありませんでした。
――ポストが立てられないと、クレーンも設置できませんね。
今井 なんらかの工夫が必要です。ちょうど、設置したい場所の上部にはクレーンの荷重に耐えられそうな鉄骨がありました。そこで、床面にポストを立てるのではなく、丈夫の鉄骨からポストを吊り下げて、その先端からアームを伸ばせばいいんじゃないかと考えたんです。
――なるほど!ちょうど、上下が逆になっているイメージですね。
今井 そうです。その構造をお客様と一緒に相談しながら図面に定義し、無事に現場に設置することができました。
――なんだか、皆さんの知恵と工夫が垣間見えてくるようなお話です。そういった、通常とは違う工夫が必要だった事例は他にもあるんですか?
【設計者の頭の中】常に、数百パターンものクレーンがインプットされている。
今井 変わったタイプの特殊なクレーンをつくった経験は何度もあります。例えば、そうですね「滑り出しクレーン」が印象深いかな。
――「滑り出しクレーン」…なんだか面白そうな名前です。
今井 これは、隣り合わせの2つの部屋の間で荷物を運ぶためのクレーンです。一方の部屋に天井クレーンがあり、隣の部屋に荷物を運ぶ必要が生じた場合は、天井クレーンのガーター部分、つまり、壁から壁に渡してある鉄骨の梁がグーンと伸びていき、荷物を運びます。
――ガーターが2重構造のようになっているんでしょうか。
今井 上下2段になっている構造です。それで、隣の部屋まで伸ばす際には、下段のガーターが滑り出していって、荷物を運ぶ仕組みです。
――そのような仕様にしたのには、理由があったんですか。
今井 片方の部屋にもなんらかのクレーンを設置できれば良かったのですが、現地の設備などを見てみると設置に必要なスペースを確保できなかったんです。それで、私たちとお客様の間で「どうすれば荷物を運べるか」を考え、滑り出しクレーンという機構を採用しました。
――お客様が「やりたいこと」を実現するために、条件に応じて構造や機構を考え出さないといけないんですね。
今井 お客様は「こうしたい」というオーダーを話してくれますが、それを実現するクレーンの構造を考えるのが私たちの仕事です。ですので、設計者の頭の中には無数の「クレーンの構造パターン」がインプットされていると思っていいです。お客様の話を聞きながら、どのような構造のクレーンなら解決できるのかを考える。思い当たるクレーンがなければ、新しい構造を考えていく必要があります。
――そうやって、いろんなタイプのクレーンが生み出されているんですね。
今井 そうですね。でも、新しい構造を考えるのも大変ですけど、製造許可を取るのにも苦労します。
――製造許可、ですか?
【影の苦労】労働局の許可がいる話。公式な「クレーンの分類」が存在している話。
今井 そもそも、クレーンというのは3トン以上のものを製造しようとすると、労働局に申請をして製造許可を取らないといけないんです。それで、当社の標準仕様にしている天井クレーンであればすでに製造許可を取っていますので、いちいち新しく許可を申請する必要がありません。
ですが、先ほどお話したような、標準仕様に収まらない特殊な形状のクレーンの場合は「こういうものをつくりますが、大丈夫ですか?」と図面と書類を労働局に提出して許可を申請する必要があります。
――設計や製造以外にも、そうしたご苦労があるんですね。これまでに、どれだけの許可を取ってきたんですか。
今井 数えきれないほどあるので、許可件数は覚えていません(笑)。
――許可が出る・出ない基準というのは、どういった要素なんでしょうか。
今井 主に工場の設備や広さに関してです。例えば…少し、今までにお話した事例とは外れますが、もし120トンのクレーンつくるとなれば、製造工場に20~30トンのクレーン設備が必要です。つまり「120トンのクレーンをつくるために必要な設備」がそもそも存在しない工場だと、製造許可が降りないのです。
――「広さ」というのは、工場の広さという意味ですか?
今井 そうです。30メートルの長さの天井クレーンをつくるには、30メートルの鉄骨が収まる広さの工場スペースが必要です。
――これまでにお話してもらった、「滑り出しクレーン」や「吊り下げ式ジブクレーン」にも、それぞれに必要な製造設備などの条件があったんですね。
今井 労働局で大まかなクレーンの分類が決められていて、各々に製造に必要な基準が設けられています。
――分類なんてあるんですね、どんな分類があるか少し聞きたいです。
今井 細部まで記憶していないのでざっとですが…「天井クレーン」「ジブクレーン」「橋形クレーン」「アンローダ」「ケーブルクレーン」「テルハ」などが大分類になります。お話した「吊り下げ式ジブクレーン」はこの中で言うと「ジブクレーン」の分類に入りますが、当社の独自仕様もたくさんあるので「ジブクレーンの分類に入る吊り下げ式ジブクレーン」をつくるための許可を申請する、という流れになります。
――仕事が多すぎてちょっと…めまいがしますね(笑)。
【毎回が挑戦】初めての橋形クレーン製造プロジェクト。新しいクレーンの製造にワクワクするか、否か。
――これだけいろんなクレーンを手がけていると、苦労も多いですよね。
今井 たくさんあります(笑)。今でも思い出に残っているのは…山梨のお客様に納品した「橋形クレーン」かな。もう20年以上前の出来事ですが。
――「橋形クレーン」とは、どんなクレーンだったんですか?
今井 ちょうど「門」のような形をしています。脚が2つあって、上部に2つの脚をつなぐガーターがあり、そこに荷を吊り上げるホイストが設置されているものです。2つの脚には車輪があり、設置されたレールの上を自走します。ちょうど、大きな門が前に後ろに動く光景を想像してもらうと分かりやすいかな。高さが12メートルくらいで、横幅が30メートル。当時は、当社でも手がけた経験の無かった大きさのクレーンだったので、不安はありました。
――経験がなくてもチャレンジしたんですね。
今井 私自身、若かったですし(笑)。仲間たちも若かったですから。中には「うちでは無理なんじゃないか」という声もありました。しかしそれ以上に、「もっと会社を大きくしよう」という気持ちが大きかったんだと思います。
――どんな点に苦労しましたか?
今井 一番は、横幅30メートルという大きさですね。当時の工場では製造が無理な部分もあって、協力してくれるパートナー探しから始めなければいけなかったのは大変でした。設計、製造、現地への据え付け工事、どれも苦労した思い出がありますが、なんとか無事に納品をすることができました。
――新しいタイプのクレーンをつくるというのは、とても大変なことなんですね。ただ、新しいものに挑戦することにワクワクする気持ちもありますか?
今井 若い頃はもちろんありました(笑)。ただこの先は、若い世代に任せていきたいです(笑)。私自身も、一設計者というよりは全体の工程を管理する立場になりました。これからは、若い世代が新たな挑戦をするためのサポートができれば、それで充分です。
――若手の設計者は育っていますか?
今井 頼りになる子が育ってきていると感じることもあり、正直なところ「まだまだだなぁ」と口を出したくなる時もあります(笑)。ただ、黙って見守ってあげることが、一番いいのかもしれませんね(笑)。